IMI Project Files
NO.01
大規模グラフ解析と最適化、
そして「数学好きの学生」が
日本の未来を変える!
社会を線にして解析する「グラフ解析」
「カーナビをイメージしてください。出発地と到着地を入力して検索すれば、最短距離や所要時間を示してくれますよね。これは『グラフ解析』のなせる技です。カーナビには実際の道路ネットワークが線=グラフとしてデータ化され格納されています。検索すれば、出発地と到着地を結ぶいくつもの線の中から、条件に適したルートを表示してくれる。グラフ解析の一つなんです」。
豪快な笑顔とともに、藤澤教授はそう語る。
大規模グラフ解析
いま、社会の実データをグラフデータに変換し、コンピュータで高速処理するニーズが高まっている。とりわけ注目されているのが大きなデータ量を持つ「大規模グラフ解析」で、それを実現することが、この研究室のテーマの一つだ。
解析したい関係を、「点」と「枝」で表現
ここでいうグラフとは、「点集合」と「枝集合」から構成される。たとえば、道路交通ネットワークなら「点」は交差点、「枝」は交差点間を結ぶ道路を意味する。Twitterなどのソーシャルネットワークなら、「点」はユーザ、「枝」はユーザ間のフォロー関係(あるいはメッセージ送信)などを示す。つまり、解析したい対象の関係(Relationships)を、点と枝で表現する。
グラフ解析のステップ・サイクルと応用分野
Step 1
各枝を連結させて
グラフを構成
Step 2
目的に応じて最短路検索などの
グラフ解析を行う
Step 3
グラフ解析結果は、元の応用問題の分析や理解のために使用。こうした循環を経て解析精度を高めていく
「兆」単位の「点」と「枝」に挑む
「実は、交通ネットワーク程度なら、さほど大規模とは言えません。大規模とは、もっと桁違いに大きなデータ量を持つものです」。
それはどの程度のものか? それをマッピングしたものが下の図だ。
各応用分野におけるグラフの大きさ
交通ネットワーク
全米道路ネットワーク
2,400万点・5,800万枝
一般的には巨大グラフと言えるが、 この程度の大きさであればスマートフォンレベル(数GB)のメモリに格納でき、最短路の探索などが可能
ソーシャルネットワーク
Twitter
6,160万点・14億7,000万枝
点数は数千万点から数十億点に達する。この程度の大きさのグラフ解析には数百GB 以上のメモリを搭載した高性能計算サーバが必要
脳科学
ニューラル・ネットワーク
890億点・100兆枝
脳神経回路(ニューロン)やシミュレーション(Graph500など)用データでは、点数・枝数ともに 1兆を超えるため、グラフ解析にはスーパーコンピュータ等が必要になる。またデータ量が巨大なためにグラフデータをファイルで保有することは難しい
社会公共政策の立案、防災、脳科学への応用も
「大規模グラフ解析が可能になれば、ソーシャルネットワークの大規模データを社会公共政策立案やWebマーケティングに活用したり、あるいはサイバーセキュリティ対策、避難誘導路などの防災計画策定などに活かすこともできます」。
「さらには脳科学領域で活用できるようになれば、高齢化が進む中で急増が懸念される認知症の予防や治療も、大きく前進する可能性が生まれます」。
現在のコンピュータの「壁」を超える研究
だが、そこに至るにはまだ壁がある。
「それだけのデータ量を持ち、膨大な計算量も必要になるグラフ解析は、現在のコンピュータの処理能力では追いつかず、消費電力も並大抵ではありません。私の研究室では、ハイパフォーマンスコンピューティング技術を用いて、超大規模のグラフを処理する研究を行っています」。
大規模グラフ解析の世界的トップランナー
この研究室は、その研究実績も華々しい。「スーパーコンピュータ富岳」「京コンピュータ」などの国内のスーパーコンピュータを活用し、独自に開発したソフトウェアを用いて「Graph500(スーパーコンピュータのグラフ処理性能を計測するベンチマーク)」や「Green Graph500(省電力性を計測するベンチマーク)」で、幾度も世界 1 位を達成してきた。まさにこの研究室は、大規模グラフ解析を実現する世界的なトップランナーなのだ。
学生がリーダーになって企業と共同研究
サイバーフィジカルシステム(CPS)の実現
大規模グラフ解析のほかにも、藤澤研究室は、最適化問題の高速計算や社会実装でも多くの実績を上げている。
それもさることながら、実はもう一つ、この研究室を特徴づけるトピックがある。それは「学生が主体的に活動する社会実装プロジェクト」だ。
そうした活動が顕著に見られる研究領域が、サイバーフィジカルシステム(CPS)関連である。CPSは、早期に社会実装が見込まれている領域だ。
CPSを簡単に説明すると、まずは実社会で起きている現象を事前に計算機上でモデル化し、サイバー空間をつくる。その中で、何かしらの要因を変化させると環境がどう変わるかをシミュレーションしたり、その結果をもとに最適化を行うことができるシステムだ。工場などの労働環境の安全性・快適性・生産性などを高めるシステムとして期待されている。
研究室では、多様な企業と共同したプロジェクトが複数立ち上がっている。大量のセンサーデータ(ヒト・モノの移動履歴)やオープンデータ(Wi-Fiの移動履歴)など利用して、最適化やシミュレーションが行えるCPS モビリティ最適化エンジン(CPS-MOE)の開発がそれぞれ進行中だ。
これらのプロジェクトでリーダーを務めるのが、研究室の学生たちなのだ。リーダーは企業担当者とディスカッションし、アイデアを出し、タスクを整理し、進行を管理する責任者として、その最前線に立つ。そうしたプロジェクト例を見てみよう。
現場CPS化-最適動線とレイアウト決定
パナソニック&ロート製薬との共同研究
工場や配送センターの従業員の動線をモニターしてデータ化。その中で異常な動線を示すデータが見つかれば、人員配置や機械のレイアウトを最適化。現場業務の安全性や生産性を高めることができる。
MaaS-最適配置や最適配送計画
ソフトバンク&yahoo Japanとの共同研究
位置情報の検出や追跡(深層学習)や、混雑状況の検知などから得たデータをもとに、最適な配送ルートを組み立てる。深刻な人手不足に悩む物流業界の生産性向上や、ドライバーの労働時間の短縮などに貢献する。
これは企業からの依頼を受けて、学生自らアルゴリズムを提案して、ソフトウェアを開発をすることによって実現したプロジェクトの一つ。
AIで一変!社会が応用数学を求め始めた
IMIで、数理計算インテリジェント社会実装推進部門の部門長の任も担う藤澤教授は語る。
「ひと昔前は、大学で数学を学ぶ学生の多くは、卒業後の進路には、数学教師を志望しました。『志望』というよりも、ほかに就ける仕事がイメージできなかった。だからどんなに数学が大好きな高校生も、将来を考えると、数学科でなく工学部や情報学部などに入学した」。
「しかし、AIの出現で状況は一変しました。AIは、あらゆる業種・業界で応用・実用化が試みられている。その際に必要なリテラシーは、数学です。むしろ今は、専門特化・細分化しすぎたほかの理工系学部よりも数学科の学生、なかでも応用数学を学んだ学生の方が企業ニーズは高いんです」。
IMI発の数学イノベーションで、日本再建!
「が、一方で、そうした学部環境、教育体制が長期に続いた日本では、数学・数理科学系人材が枯渇した。AIなどの研究開発では、欧米や中国の後塵を拝しているのが現状です。私の研究室には30余名の学生がいます。なかには、カンボジアからの留学生で数学オリンピックに出場した学生もいる。そんなハイレベルの学生たちでも、実は『元・数学教師志望』が多いのも事実です」。
ここで藤澤教授は、ひときわ声を大きくした。
「たとえそうであったとしても、だからこそ、このIMIなんです!研究室でいろんなプロジェクトに参加し、在学中から日本を代表する企業の方たちと丁々発止の議論を交わし、提案し、ともに何かを作り上げる喜びを感じる日々を重ねるなかで、見事に次代を担う数学・数理科学系人材へと成長していく」。
「いま私がひそかに抱いている野望は、ズバリ『日本再建!』です。このIMIを起点にして、再び日本のプレゼンスを高める数学イノベーションを起こしたい。このIMIならそれが実現できる、私はそう確信しています」。
マス・フォア・インダストリ研究所
数理計算インテリジェント社会実装推進部門 部門長
教授
藤澤 克樹
Katsuki Fujisawa
- <学位>
- 博士(理学)(東京工業大学)
- <専門分野>
- グラフ解析、最適化問題、高性能計算
- <略歴>
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- 1989年4月 - 1993年3月
- 早稲田大学 理工学部 工業経営学科 学士(工学)
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- 1993年4月 - 1995年3月
- 早稲田大学大学院 理工学研究科 機械工学専攻 工業経営専門分野 修士(工学)
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- 1995年4月 - 1998年3月
- 東京工業大学大学院 情報理工学研究科 数理・計算科学専攻 博士(理学)
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- 1998年4月 - 2002年9月
- 京都大学 大学院工学研究科建築学専攻 助手
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- 2002年10月 - 2007年3月
- 東京電機大学 理工学部数理科学科 助教授
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- 2003年4月 - 2007年3月
- 独立行政法人産業技術総合研究所 グリッド研究センター 客員研究員
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- 2007年4月 - 2012年3月
- 中央大学 理工学部経営システム工学科 助教授
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- 2012年4月 - 2014年3月
- 中央大学 理工学部経営システム工学科 教授
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- 2018年6月 - 2019年3月
- 産業技術総合研究所 東工大
- 実社会ビッグデータ活用 オープンイノベーションラボラトリ ラボ長
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- 2019年4月 - 2021年3月
- 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 人工知能研究センター
- クロスアポイントメントフェロー
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- 2017年4月 - 2022年3月
- 東京工業大学 学術国際情報センター 特定教授
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- 2016年4月 - 2022年3月
- 統計数理研究所 統計的機械学習研究センター 客員教授
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- 2014年4月 - 現在
- 九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授
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- 2021年4月 - 現在
- 国立研究開発法人 産業技術総合研究所 デジタルアーキテクチャー研究センター
- クロスアポイントメントフェロー
- <受賞>
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- 2013年9月
- 日本オペレーションズ・リサーチ学会 研究賞
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- 2017年4月
- 平成29年度 文部科学大臣表彰 科学技術賞(研究部門) グラフ解析及び最適化ソフトウェアの開発と応用に関する研究
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- 2020年6月
- 第20回 Graph500 ベンチマーク 世界1位 (ISC21, フランク フルト, ドイツ)
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- 2020年11月
- 第21回 Graph500 ベンチマーク 世界1位 (SC20, アトランタ, アメリカ)
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- 2021年6月
- 第22回 Graph500 ベンチマーク 世界1位 (ISC21, フランク フルト, ドイツ)
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- 2021年11月
- 第23回 Graph500 ベンチマーク 世界1位 (SC21, セントルイス, アメリカ)
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- 2021年12月
- 2021年 令和3年度 九州大学 共同研究等活動表彰
他多数
※掲載情報は、2022年4月1日時点のものです。