IMI Project Files
NO.02
コンピュータに
人のような「おおざっぱ」な力を!
トポロジー+AIで広がる可能性
「トポロジー」は、図形の学問
「トポロジーとは日本語では位相幾何学、乱暴にいえば図形の学問です。そして私の研究テーマは、もののかたちや動きの『おおざっぱ』な特徴を写し取る記述言語としてこのトポロジーを利用し、正確にコンピュータで処理できるようにすることです。そんな『おおざっぱ』なものが役にたつのかと思われるかもしれませんが、これが実はさまざまな場面で活躍しています」。
静かな語り口ながらも自信に満ちた眼差しで、鍛冶教授はその応用分野を語る。
『可視化』『画像処理』『解析』『設計・制御』
応用のキーワードは、「『可視化』『画像処理』『解析』『設計・制御』の4つです。一般の方にもイメージしやすいものでいえば、可視化はバーチャルリアリティ(VR)、画像処理なら3次元コンピュータグラフィックス(3DCG)などが代表例です。ほかにも、土木では道路を壊すことなく陥没の可能性がある箇所を調査することもできますし、医療現場ではCTにも使われています」。
トポロジーを応用できる分野
鍛冶教授はさらに噛み砕いて解説する。
「人間の視覚や空間把握は非常におおざっぱですが、多くの面でまだ機械を凌駕しています。細かな変化に気がつくのは苦手な反面、手書きの歪んだ文字や、笑顔でも泣き顔でも同一人物を認識することができます。反対に現在のAIは、細部の積み重ねでものを認識していると考えられています。トポロジーは、人間のもつ俯瞰的なものの見方を定式化し、コンピュータにその能力を授ける可能性を秘めています」。
トポロジーとAIは「相互補完的」な関係
「全く未知の図形、いわゆるビッグデータなどの高次元・無限次元空間を扱う時、まずは大局的な情報が重要になります。たとえるなら、まだ発見されていない島を探すのに、いきなりルーペを持ち出しても得るところはありません。まずは高台に登っておおまかな形を理解して‟アタリ‟をつけ、それから探した方がいい。ここがトポロジーの考え方です。そうして蓄積した情報をもとにさらに細かく分析をしていく。そうした緻密な作業にはAIなどの機械学習が向いています。つまり、トポロジーとAIは相互補完的な関係なのです」。
さまざまな分野の業界と連携して社会実装化
鍛冶教授の研究室では、このトポロジーを応用した機器やシステムの社会実装に向け、多くの企業・機関と連携して、研究・開発を進めている。これらの中から、すでに実現した、あるいは実現性の高いいくつかの事例を見てみよう。
おもな連携先
インタラクティブ形状デザイン
(OLM Digital inc.などと共同)
曲線や曲面といった図形を調べるための数学「離散微分幾何」とCG技術を融合し、形状を自在に編集できるアルゴリズムを開発。タコのアタマや足を動かしたり、ペンギンの体を捻ったり膨らませるなどの動きをなめらかに表現できるCG編集ソフトが公開されている。
CT画像の画質改善
(東京大学医学部附属病院と共同)
照射された放射線が体内を巡り、そこで得た情報をコンピュータに蓄積、膨大なデータを元にして肉眼では見ることができない体内の細部を画像化するCT技術。この画像化には、幾何学や最適化などの数学が不可欠で、まさに応用数学の結晶といえる。
放射線治療を行うには、線量計画を立てるために多数のCT画像を撮影することが必要になる。適切な計画づくりのためにはより鮮明なCT画像が欲しい。しかし、それでは被ばく量は増えてしまう。本来ならなるべく低被ばく量で撮影したいところだが、その場合は画質も粗くなり診断には活かしにくくなる。
こうしたCTを活用する際のジレンマを解消すべく、低被ばく量で撮影しても、これまで以上に鮮明な画像を作り出すアルゴリズムを開発している。
土木における非破壊検査
(韓国 GK Engineering, Ajou大学と共同)
近年、道路が突然陥没したというニュースを目にすることも少なくない。高度成長期に建造された道路などの公共インフラの老朽化は、大きな社会課題となっている。
このシステムは、「穴探しが得意なトポロジー」と深層学習を協調させたもの。道路を掘り返すことなく、センサーを搭載した車両で集めた地中のデータから陥没などの危険を察知することができる。AIに必須の正解・教師データの取得が高コストな場面において、トポロジーを融合することで「スモールデータ」でも熟練者並みの検出精度を達成している。
純粋と応用が同居、それがIMIの強さ
鍛冶教授は、IMIの魅力をこう語る。
「現在の数学には、純粋と応用の二面性があります。もともと数学はひとりでするもので、Art=学術です。これはいわゆる『純粋数学』で、直接的に社会に役立つ成果物としては見えにくい。一方で『応用』は、あたかも接着剤のように、モノとシステム、企業や機関をつなぐもの。社会に役立てることが前提の数学です」。
たとえば、鍛冶教授は近年、東京大学・京都大学という日本を代表する大学の附属病院と共同で『高次医用画像解析』のプロジェクトに取り組んでいる。
「このような連携が実現できたのは、医療現場がいま真に数学を求めているからだと思います。CTの例にもみられるように、数学の知識が直接技術の向上に繋がる場面はたくさんあります。しかしそれ以上に、その普遍性を活かして、共通のことば・場を作り出すという数学の役割は、大きな可能性を秘めています」。
数学が紡ぐ物理学と医学の連携
―東大病院&京大病院&IMI―
「と同時に、数学は利益・利権などとは一線を画した純粋な学問です。だから客観的な立場として介入でき、自と他だけでなく、他と他の間をつなぐこともできるのだと思います。これが、純粋と応用の二面性を持つ数学ならではの力です。このIMIは、まさにその二つが同居している研究所。それがこの研究所の最大の魅力です」。
純粋と応用が交差!
メビウスカライドサイクル
「ところでね。これは『メビウスカライドサイクル』という構造物なのですが、これは理論と応用がせめぎ合っているものなんですよ」。鍛冶教授は、とっておきの宝物のように箱からそれを取り出した。
「実はこれは、数学では珍しいのですが、特許出願もしているのです。グルグル・クネクネと、何やら複雑な動き方をするように見えますが、その実、動き方は一つしかない」。
「トポロジーの応用分野には、ロボットアームなどの設計・制御もあります。このメビウスカライドサイクルは、とても滑らかにただ一通りの動きをするのですが、それはトポロジーのアイデアによって発見された、厳密に計算された形状のなせるわざなのです。少しでも形が変わると、動きの滑らかさは失われて、制御できないものになります」。
「面白いことに、コレはすでにモノとしてここにある。にも関わらず、その動き方に関する数学的証明はなされていない。実現できているが、理論的には未知なる部分が多いのです」。
「この形状は、エネルギー効率や制御性という観点で工学的にも重要な性質を持ちますが、具体的な応用先はまだ探索中です。一方で、純粋に数学の研究対象として大変魅力があります」。
「数学の研究と数学の社会実装、その両輪で研究を進めて行けるここIMIは,私にとってぴったりの職場です」。
マス・フォア・インダストリ研究所
数理計算インテリジェント社会実装推進部門
教授
鍛冶 静雄
Shizuo Kaji
- <学位>
- 博士(理学)(2007年3月 京都大学)
- <専門分野>
- トポロジー(位相幾何学)、リー群、応用数学
- <略歴>
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- 2007年4月 - 2008年3月
- 日本学術振興会 特別研究員
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- 2008年4月 - 2010年3月
- 福岡大学 応用数学科 助教
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- 2010年4月 - 2016年3月
- 山口大学 大学院理工学研究科(理学) 大学院担当講師
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- 2013年9月 - 2015年9月
- 日本学術振興会 海外特別研究員(サウサンプトン大学)
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- 2016年4月 - 2018年3月
- 山口大学 大学院創成科学研究科(理学) 大学院担当准教授
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- 2016年10月 - 2020年3月
- 科学技術振興機構 さきがけ研究員
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- 2018年4月 - 2020年12月
- 九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 准教授
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- 2021年1月 - 現在
- 九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授
- <受賞>
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- 2020年7月
- The Korean Federation of Science and Technology Societies(KOFST) the 30th Annual Excellent Paper Award
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- 2020年10月
- 第9回 藤原洋数理科学賞 奨励賞 形状デザインの数理的方法の深化・発展とその社会実装
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- 2022年3月
- 第37回 電気通信普及財団賞 テレコム学際研究部門 入賞
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- 2022年4月
- Radiological Physics and Technology 2021年度 Most Citation Award
※掲載情報は、2022年4月1日時点のものです。