IMI Project Files

九州大学 
マス・フォア・インダストリ研究所の挑戦

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NO.04

神山研究室

暮らしに直結する課題を
解決しうる「離散最適化」
もっと世の中に知らせたい

複数の選択肢から最も良いものを探す「最適化」

「私の専門分野は、『離散最適化』です。最適化とは、いくつかの選択肢から最も良いものを求める問題を研究する分野です。たとえば、ある場所からある場所へ最も早く移動することができる経路を見つける、といった問題も最適化の一つです。私は、この最適化の中でも、特に順列や組合せといった離散的な構造に関係する問題を扱っています。経路を見つける問題も、点と線で構成されるグラフという離散構造上の問題と考えることができ、離散最適化問題の一つです。他にも、異なった集団の間のよい割り当てを求める問題なども離散最適化問題の一つと言えます」。

富士通、富士通研究所と連携した実証実験

たとえば「ビジネスプロセスの最適化」や「システムの最適化」など、近年よく耳にする「最適化」だが、もともとは数学的な概念だ。実はそれぐらい社会のあらゆる場面で取り入れられており、役立っていることの証でもある。

神山教授がIMIに着任したのは、IMIが開設された2011年だ。以降、企業と連携しながら、この「離散最適化」を応用して、社会課題の解決を目指した実証実験を行ってきた。また、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)のプログラムの一つ「さきがけ」のメンバーとしても活動し、受賞歴も多数ある。

裏返して言えばそれは、「離散最適化」が社会にとってどれだけ有用な数学であるかを明らかにしてきた神山教授の歴史でもある。

福岡空港ビルディング 旅客満足度向上実証実験
(福岡空港ビルディング・富士通研究所と共同/2015年)

福岡空港ビルディング、富士通研究所とともに実施した、福岡空港の旅客満足度向上を目指す実証実験。

当時、インバウンド需要などを背景とした空港の利用者数の急激な増加により旅客満足度が低下する危惧がなされていたが、「旅客満足度」には、施設や機器に加え、空港スタッフや旅客の複雑な人間的要素が関わっているため、効果的な施策を立案するには現場での経験をもとにした試行錯誤が必要であった。

そうしたなか、福岡空港ビルディングのスタッフとの対話・フィールドワークを実施し、福岡空港の理想の姿と課題の構造を分析。

その課題を解決するための施策を立案するための数理技術を開発し、その技術の効果の検証を進めた。

当事例に関する詳細(本学プレスリリースより)
九州大学と福岡空港ビルディング、富士通研究所が旅客満足度向上にむけた実証実験を開始
https://www.kyushu-u.ac.jp/f/6024/2015_09_10_2.pdf

AI を用いて移住満足度向上を目指す実証実験
(糸島市・富士通研究所と共同/2016年)

移住満足度の向上を目指し、糸島市、富士通研究所と行った実証実験。

福岡市に隣接する糸島市は、福岡市内へのアクセスの良さや九州大学の伊都キャンパスへの移転などから、近年、移住候補地としての人気が高まり、相談者も増加している。

一方で、海、山、田園、市街地、離島などさまざまな地域特性を持つため、移住希望者に提示する情報にミスマッチが起これば、不安や不満などが高まることも懸念された。

こうした課題に対して、独自の自律AIを開発・活用し、移住前の不安解消と移住後満足度の向上を図った。

この自律AIは、移住希望者の特性と好みの関係を数理技術を用いてモデル化。それに基づいて情報を提供する。同時に、移住希望者はその情報の評価を行い、その評価によってAI が希望者の好みをさらに学習。自動で数理モデルを修正して自律成長していく。

当事例に関する詳細(本学プレスリリースより)
自律成長する AI を用いて 移住満足度向上を目指す実証実験を開始
https://www.kyushu-u.ac.jp/f/28769/16_08_24_J.pdf

最適な保育所入所選考を実現する AI を用いたマッチング技術を開発
(さいたま市・富士通研究所と共同/2017年)

保育所不足による待機児童増加が社会問題化するなか、その入所者選抜業務は、公平性を保つために複雑化している。

各家庭の事情なども考慮し、入所選考ルールに「きょうだいが同じ保育所になることを優先してほしい」や「別々の保育所でも良いが、きょうだいの片方しか入れないのなら辞退する」といった複雑な希望を組み込むと、すべ てのルールを満たす割り当てパターンが複数見つかる場合や、どの割り当てパターンも何らかのルールに違反してしまう場合がある。

こうして、さまざまな事情を考慮するほどに、その作業には多くの人手と時間を要してしまう事態が起きている。

研究グループでは、利害が一致しない人の関係を合理的に解決する数理手法に使って、申請者たちの望む達成のあり方をモデル化。決められた優先順位に従い、全員にとって高い希望をかなえられる割り当て方を、数秒で自動的に算出できるAIを用いたマッチング技術を開発した。

当事例に関する詳細(本学プレスリリースより)
最適な保育所入所選考を実現する AI を用いたマッチング技術を開発
https://www.kyushu-u.ac.jp/f/31361/17_09_01.pdf

数理モデルには納まらない『人』の社会

「私はもともと建築出身で、専門分野も情報学に近い人間ですから、どちらかと言えば、純粋数学より応用数学寄り、今は離散最適化を社会課題の解決に役立てたいと願う一人です。でありながらも、壁を感じる点もあります」。

実証実験を取り組んできたいま、神山教授が感じている難しさとは、「数理モデルだけには収まりきらない実社会の複雑さ」と「社会実装化する際の持続可能な仕組みづくり」である。

「現実の問題を数学の問題としてモデル化することは、非常に難しいですね。機械を使った制御『システム』なら、対象は機械ですから、命令・指示=動作が直結する。移住の情報提供も保育園入所選考も、言ってみれば社会『システム』なんですが、何しろ相手は『人』、しかも世の中の『いろんな人』。さらに『満足度』や『納得感』などは、一人ひとりの感情の問題なので、もとより数値化しづらい。簡単には数理モデル化できません」。

数学が扱える部分を、適切に見極める

「なら諦めるのか?と言えば、それも早計です。冷静に考えれば、たとえば経済学や心理学などの社会科学系の学問も、経済や人の心が動く要因を洗い出し、パターン化・モデル化し、社会の運用に役立てようとする学問ともいえます。その点においては数学も同じ。人々の生活課題を解決する社会システムづくりに貢献できるところはあります」。

「もちろん、すべてを数学の技術で解決することは難しいでしょう。重要なのは、数学の問題として扱うことのできる部分を適切に見極めること。そのうえで、経済学や心理学などの社会科学系の学問とも連携することが大切です」。

社会実装化のカギは、持続可能な仕組みづくり

もう一つ感じている難しさが、実装化するための仕組みづくりだ。実証実験は基本的には、⼀定期間の調査などを経ればいったんは終了する。

「研究者の立場からすれば、数学が生活者の課題を解決できるという事実は、少なからず示すことができたと思います。が、そこから社会実装となると、研究者、対象者だけではない『第三者』が不可欠になる。それは企業なのか、自治体なのか、あるいはNGO的な組織なのか?システムをつくるにも運用するにも、コストや人手はかかる。これを持続可能に回すには、企業なら投資に見合う収益が、自治体ならかける税金に見合う住民満足が必要になる。研究と同時にこのビジネスフレームづくりも行うことが実装化のカギなんですよ、やっぱり」。

「最適化」を知ってもらう、そこが始まり

「とはいえ、私は研究者ですからビジネスフレームづくりまでは手に負えません。私の立場ですべきことがあるとするなら、まずはこの『離散最適化』を世の中に知ってもらうこと、ですね」。
「たとえば、一般の企業人でも、身近な統計や今どきの機械学習などをはじめ、シミュレーションや微分方程式も知っている。が、離散最適化は、様々な場面で活用できるポテンシャルがあるにもかかわらず、誰でも知っているという状況ではないと思います」。

「それでも、少しずつ離散最適化の有益性は認知されてきていると思います。日常で使われている最適化という言葉は、数学的な意味とは異なり、もっとぼんやりしていますが、それでもこれからの世の中にはそうした考え方が必要だということは、広く浸透してきていると思います。まずはここからですよ。理論的な方向としては、離散最適化の理論の進展に貢献すること、応用的な方向としては、離散最適化の技術が当たり前に使われる社会の達成に向け、実際に役立つんだということを、いろんな場面で発信していきたいですね」。

マス・フォア・インダストリ研究所
数学テクノロジー先端研究部門

教授

神山 直之

Naoyuki Kamiyama

<学位>
博士(工学)(2009年3月 京都大学)
<専門分野>
離散最適化、グラフ理論、計算量理論
<略歴>
2004年3月
京都大学 工学部 建築学科 卒業
2009年3月
京都大学 大学院工学研究科 建築学専攻 博士後期課程修了 博士(工学)
2007年4月 - 2009年3月
日本学術振興会 特別研究員 DC2
2009年4月 - 2011年9月
中央大学 理工学部 情報工学科 助教
2011年10月 - 2019年6月
九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 准教授
2014年10月 - 2021年3月
科学技術振興機構 さきがけ研究員(兼任)
2019年7月 -
現在九州大学 マス・フォア・インダストリ研究所 教授
<受賞>
2009年3月
情報処理学会平成20年度山下記念研究賞
2010年3月
日本オペレーションズ・リサーチ学会第38回文献賞
2019年4月
平成31年度科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞
2019年6月
2018年度人工知能学会現場イノベーション賞「金賞」(共同受賞)
2019年6月
2018年度⼈⼯知能学会研究会優秀賞(共同受賞)
2019年9月
第8回藤原洋数理科学賞奨励賞
2021年3月
日本オペレーションズ・リサーチ学会フェロー
2021年8月
第19回情報科学技術フォーラムFIT船井ベストペーパー賞(共同受賞)

※掲載情報は、2022年4月1日時点のものです。